ウイ

  • きのこの山のたたり

    cf22cebb.JPG僕はよく人に好きな食べ物を聞く。特に意味はないんだけど、会話の糸口が欲しくてよく聞く。
    いつも同じ人に聞いてしまうらしく「何回も同じコト聞くなよー」とよくクレームを頂くので最近は変化技として
    「たけのこの里ときのこの山どっちが好き?」という質問をする。
    これが結構面白くて、きのこの山派の方が少数派なんだけど、大体のきのこの山派は「たけのこの里なんて邪道だよ!」とたけのこ派を強く否定してコメントしてくれるのだ。 僕はあくまでたけのこ派なので、きのこの山の文句を並べ立て、論議が白熱するパターンが多く楽しいかった。
    だから最近はきのこ派のヤツを見つけたら「来た来たー!」って思いながら「あんなのどこが良いの!?」とか喧嘩を吹っかける勢いで話すように努めてきた。
    ただ、この前きのこ派の後輩の女の子に同じパターンで話しかけたら、ものすごく白い目で見られ、「どっちでも良くないすか?」と一蹴されてしまった。
    僕としては議論を白熱させる目的できのこの山を否定しまくったのだが、結果的に
    『お菓子の味でギャーギャーわめく男の先輩』
    になってしまったのだ。
    まったく、会話の糸口のためにきのこの山をバカにしまくったために罰が当たったのだろう。
    写真は全国の皆さんのアンケートでたけのこの里がより多い支持を得たらしく発売された記念パッケージ。
    最近はこれを見ると複雑な気分だ、、。
    ウイ

  • 見えない何かが消える 消えない何かが見える

    8ec235d9.jpg秋です。よく「考えごとの秋」と言いますが、秋の気配と共に考えなくちゃいけないコトが増えてくるというのはまったくありがたくない風流さです。
    友人が外国に行きます。彼からはいろんなものを学び、時間と環境を共にしてきました。「ありがとう」なんて言葉では足りなさすぎるので、多くは語りません。
    今日、ちょっと思ったことがありました。
    漠然とした生活の中で、いわゆる人生と呼ばれるものを感じるのは往々にして悲しいときだ。
    ということです。「人生」という言葉に甘美な響きより、むしろその反対のイメージがぼんやりと映るのは
    僕だけではないでしょう。
    それでも人生は素晴らしいのだと思います、いや、「それでも」ではなく「だから」なのかも知れません。
    とか言わせてしまう秋の予感。  ウイ

  • エシャジョウリ

    c17cb94c.jpg『盛者必衰、会者定離』という言葉がある。盛者必衰という部分はどうでもいいんだけど、会者定離って部分はなんだか考えてしまう。「出会った人にはいつか必ず別れるときが来る」ってことでして、、。最近、ただなーんとなく携帯のアドレス帳をピコピコ見ていた。連絡をとらなくなってしまった人が多い。一時期は毎日のように顔を合わせ、どんなくだらないことも一緒にやってた友人とは、いまは年に2~3回メールを交わす程度だ。
     以前、実に10年ぶりにあった友達とうまく話せなくてなんだか悲しい気分になった、向こうもきっとそうだったと思う。
    まぁ、現実的に言えば生活環境の変化で自分のいるコミュニティ変わり続けるし、周りにいる人々が変わっていくという事は当たり前のことだけど、そんなことを割り切れるような合理的さはいらないし空しい。
    ただ、いま僕のいるこの環境は僕自身が切りひらいてきたものだし、自分の意志も関わる中で人と付き合ってきたのだから、単に友人と疎遠になってしまったことを嘆くのは的はずれであるとは思う。疎遠にならない方法などいくらでもあったはずだからだ。
    だから、きっと僕の抱えている空しさのようなものは、会う機会が少なくなってしまった友人を、さも「彼との距離は遠くなってしまったと」考えてしまう自分の脳ミソがいけないのかもしれない。
    どちらにせよ、会者定離という言葉は知りたくなかったかもな。この言葉に対して言ってやれるのなら
    『そんなことはなんとなく分かってんだよ、お前、四字熟語みたいになるなよ。偉そうに「絶対別れる」みたいな雰囲気かもし出しやがって』と、言いたい。
    また、もう20歳を超えたいい歳だけど、誰に言うわけでもなく敢えて子供みたいことを言いたい。『自分が好きな人間とはいつまでも離れたくないのよ、一緒にいてーのだよ、まったく困ったよ』と。
    あー、なんか何が言いたいのかハッキリしないけど思いつくことをダラダラ書きました。 全部読んで時間を無駄にしたと思った人、残念、、。
    写真は渋谷にある建物の写真。何の建物か気になって撮りました。知ってる人がいたら教えてください。
    ウイ

  • 宇宙船

    d594ef42.jpg「宇宙に行く方法なら知っている、空をも越えて上に上に登っていけばいいのだ。ただ、僕はその手段を持たない」 というのは一番分かりやすい喩えかな。
    「方法」は分かっているのに「手段」がないということに悩まされることは日常生活でも多々ある。人間はそんな悩みを持ちながら様々な道具を発明したり創作してきたんだと思う。 
    まわりくどかったけど、何が言いたいかというと、つまり「僕は今日スペースシャトルを手に入れた!」ということです。もちろん実物じゃなくて、上の喩えで言うところの宇宙に行く手段です。まぁ音楽製作にかかわるものなんだけど、今の僕には夢のツールです。
    それで、三軒茶屋に住む録音の師匠H氏にスペースシャトルをポンッと頂いたわけです。ホントにありがとうございました。
    いやー、テキトーに喩えただけだったけど、まさにスペースシャトルだわ。まず自分で買えるもんじゃないし、操作が鬼のように難しいだろうし、覚えることが山ほどあるね。ちなみに写真がスペースシャトル、「ネコのジャケットがいいな」と冗談で言ったらホントにやってくれました。もう一枚はS氏に頂いたコーヒー豆、スターバックスはタバコが吸えないから入る機会が滅多にない。ありがたやーありがたやー。
    あと、今日は生まれて初めてダーツをやりました。最初の一回目はビギナーズラックで真ん中に当たりまくって面白かった。あとはS氏の独壇場だったけど、ゲームは単純であればあるほど奥が深い、、。
    ウイ

  • 何ノートなんだ

    b93cc4b0.jpg今日自分の部屋を掃除していたら、一冊の小さなノートを見つけた。ノートを開くまで何のノートだったかすっかり忘れていたけど、むかし本を読みあさっていた時期に気になった文章を書き留めるのに使っていたものだった。 僕は高校を卒業するまでろくに読書などしなかった、だから本を読むようになってからは自分がそれまで考えもしなかった考え方や思想を目の当たりにし、肯かされることも刺激的だったし、なにより自分がそれまで抽象的に抱えていた心理・疑問・思考が、誰かの手によって明確な文章にされていたことに衝撃を受けた。
    いま思うと滑稽ではあるけど、自分では言葉に出来なかった思想や想いを言葉によって具現化しながら、人間の心理を定義付けるような文の存在に魅了されたんだと思う。また同時にそれを多く欲しがっていたから「コレだ!」って文章をノートに書き留めていたのでしょう。
    今日は、そんなノートの先頭に書いてあった文を紹介。
    『嘘をつくのはひどく嫌なことだ、嘘と沈黙は現代の人間社会にはびこる巨大な罪だといっても良い。しかし僕たちは実際よく嘘をつき、しょっちゅう黙り込んでしまう。 だが、もし僕たちが年中しゃべり続けそれも真実しかしゃべらないとしたら、真実の価値などなくなってしまうかも知れない』
    という文、うむむ、アンチテーゼによる存在の検証みたいな文ですが、当時の僕は衝撃を受けたのでしょう。確かに今でも何のてらいもなく大仰に語られる「真実」って言葉には疑問があります。まぁまぁ、長く書きましたがこんな風に色々書き留めてたわけです。笑えるようなヤツも多々見つかりましたから、これかもちょくちょく公開しようかなと思いますが、メンバーに「また屁理屈ですか?」と言われる可能性もあるので、ほどほどに。
    あ、ちなみに今日は健康ランドに行きました!露天風呂やらジェットバスやら健康マッサージやら楽しかったですが全部まわろうとして最終的には疲労。健康ランドからゲッソリして出てきました。 安くて良いとこなので今度行ったとき写真撮ってきます。   ウイ